大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和35年(レ)620号 判決

控訴人 星屋邦道 外一名

被控訴人 大正産業株式会社

主文

控訴人塚原英一の本件控訴を棄却する。

原判決中、控訴人星屋邦道に関する部分を左のとおり変更する。

控訴人星屋邦道は被控訴人に対し、別紙物件目録(一)記載の宅地部分上に存する同目録(二)記載の建物から退去して右宅地部分の明渡をせよ。

被控訴人の控訴人星屋邦道に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用中控訴人塚原英一と被控訴人との間に生じた控訴費用は控訴人塚原英一の負担とし、控訴人星屋邦道と被控訴人との間に生じた訴訟費用は第一、二審とも控訴人星屋邦道の負担とする。

本判決中被控訴人が控訴人星屋邦道に勝訴した部分は仮りに執行することができる。

事実

控訴人両名代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

被控訴代理人は請求原因として「別紙物件目録〈省略〉(一)記載の宅地は被控訴人の所有であるところ、控訴人両名は昭和三五年二月初旬頃何等の権原がないのに右宅地のうち同目録(一)記載の部分(以下本件宅地部分という)を占拠し、その地上に同目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を築造所有して被控訴人の土地所有権を侵害している。よつて被控訴人は土地所有権に基づき控訴人両名に対し本件建物を収去して本件宅地部分の明渡をなすべきことを求めるため本訴に及んだ。」と述べ、控訴人両名主張の抗弁事実を否認し、再抗弁として、「仮りに、控訴人塚原英一先代三代吉が控訴人両名主張のような借地権(賃借権)を有していたとしても、前記土地一帯の所在家屋は昭和二〇年五月二五日の戦災により焼失したものであり、控訴人塚原先代の時代は勿論控訴人塚原の時代となつても同人等の戦災跡地は放置されたまま何等使用の開始なく、他面地代の支払もないままに昭和三五年に至つたところ、同年二月初旬頃に至り突如として本件建物が築造されたものであるから、控訴人塚原の借地権は借地権を行使し得る時、すなわち戦災の日の翌日たる昭和二〇年五月二六日から起算して一〇年を経過した昭和三〇年五月二五日の満了により消滅時効が完成したものである。よつて右時効を援用する。」と述べた。

控訴人両名代理人は答弁並びに抗弁として「本訴請求原因事実中、本件宅地部分を含む被控訴人主張の土地が被控訴人の所有であること、控訴人塚原が本件宅地部分上に本件建物を所有して本件宅地部分を占有していること、及び控訴人星屋が本件建物を占拠して本件宅地部分を占有していることは認めるが、控訴人星屋が本件建物につき所有権を有することは否認する。そもそも本件宅地部分については控訴人塚原先代三代吉において大正一三年秋頃被控訴人より右宅地部分を含む土地約五三坪を賃料一ケ月金九円五五銭の約定で期間を定めずに賃借したものであるが、昭和二四年九月三日三代吉が死亡したため控訴人塚原が相続により右借地権を承継取得したものであり、控訴人塚原は右借地権に基づいて本件宅地部分上に本件建物を所有して本件宅地部分を占有しているのであるから被控訴人に対抗しうるものである。

而して建物所有者たる控訴人塚原の本件宅地部分の占有が被控訴人に対抗しうる正権原に基づく以上、控訴人塚原より本件建物の占有を許されている控訴人星屋の本件宅地部分の占有も当然被控訴人に対抗しうるものといわなければならない。」と述べ、被控訴人主張の時効の再抗弁に対し、「昭和二〇年五月二五日の戦災により当時前記借地上に存した控訴人塚原先代三代吉の所有家屋が焼失したことは認めるが、その後昭和二七年頃に至り控訴人塚原は右借地上に家屋を建設せんとし、その建築に着手したものであり、右工事はたまたま被控訴人側の妨害にあつて中止のやむなきに至つたが、控訴人塚原の右所為は借地権の行使を表明したものであるから、これにより被控訴人主張の消滅時効は中断せられたものというべきである。」と述べた。〈証拠省略〉

理由

本件宅地部分を含む被控訴人主張の土地が被控訴人の所有であること、控訴人塚原が本件宅地部分上に本件建物を所有して本件宅地部分を占有していること及び控訴人星屋が本件建物を占拠して本件宅地部分を占有していることは当事者間に争なく、原審及び当審における証人塚原種子の各証言並びに控訴人星屋邦道の各本人尋問の結果によれば、本件建物は控訴人塚原の単独所有にかかり、控訴人星屋は控訴人塚原よりその占有使用を許容されているに止まることが明らかである。

よつてつぎに控訴人塚原の本件宅地部分に対する占有権原の有無について按ずるに、原審及び当審における証人西謙治、同塚原種子の各証言及び控訴人星屋邦道の各本人尋問の結果、並びに右証人西謙治の証言によつて真正に成立したと認められる甲第七号証同第八号証の一、二を綜合すれば、「控訴人塚原先代三代吉は大正一三年頃被控訴人より本件宅地部分を含む約五十三坪の土地を期間を定めずに賃借し、右借地上に建物を建築所有していたが、右建物は昭和二〇年五月二五日の戦災により焼失し、その後昭和二四年九月三日三代吉が死亡したため控訴人塚原において相続により右戦災跡地の借地権を承継取得するに至つたこと。」認めることができる。

しかしながら、さらに前掲各証拠を按ずれば、「控訴人塚原先代三代吉は戦災後約半年ほど前記借地内において壕舎生活を営んでいたが、間もなく他に転出して右罹災借地を放置し、従つて当時一ケ月金九円五五銭であつた地代の支払もなさず、同人が死亡し控訴人塚原が相続した後も控訴人塚原は先代三代吉同様前記罹災借地を放置したまま被控訴人に対し継続使用の意思を表明することもなく、もとより地代の支払をなすこともなくして打ち過ぎたところ、昭和二七、八年頃に至り突如控訴人塚原において右借地上に家屋の建築を始めたので、被控訴人の土地管理人西謙治より異議を申入れ、その結果右建築工事は直ちに中止撤去されたことがあつたが、その後は昭和三五年二月初旬頃本件建物が築造されるまでの間、控訴人塚原において家屋建築等借地権行使の挙に出たことはなかつたこと。」を認めるに足り、前顕各証拠中右認定に反する部分は措信せず、他に該認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば前記借地権は少くとも昭和二一年以降不行使の状態にあつたことが明らかであり、一旦家屋の建築に着手しても直ちにその工事を中止撤去するが如きことは未だ借地権行使の実現ということはできないから、これを目して時効中断の事由となすに足りない。そうとすれば被控訴人主張にかかる右借地権の消滅時効は戦時罹災土地物件令第三条により停止期間を除いても罹災都市借地借家臨時処理法施行の日たる昭和二一年九月一五日より一〇年を経過した昭和三一年九月十四日の満了とともに完成したものといわなければならない。

ところで不動産賃借権の消滅時効は金銭債権等の消滅時効と多少趣を異にし、民法第一四七条所定の法定事由のほかに現実に権利行使の実現があつたときにも時効中断の効力を生ずるものと解すべきである。なんとなれば消滅時効の制度は権利不行使の状態が一定期間継続することを要件とするものであるが、不動産賃借権の場合には一旦権利行使の実現がなされた以上もはや権利不行使の状態は存在せず、この点金銭債権等の単なる請求権が履行の請求のみによつては直ちに権利内容の実現を招来しないのと異るからである。

しかしながら本件の場合にあつては、控訴人塚原の前記所為は前段説明のような理由によつて時効中断事由となしえないのである。

以上説示のとおりとすれば、控訴人塚原は被控訴人の土地所有権に対抗しうる何等の権原なくして本件宅地部分上に本件建物を所有しもつて本件宅地部分を不法に占有していることに帰するから、被控訴人に対し本件建物を収去して本件宅地部分の明渡をなすべき義務あるものというべく、控訴人星屋は控訴人塚原より本件建物の占有使用を許容れているものに過ぎないから、本件建物より退去して本件宅地部分を被控訴人に明渡すべき義務あることはもとよりいうまでもない。

しからば被控訴人の控訴人両名に対する本訴請求中控訴人星屋にも本件建物の所有権があることを前提として同控訴人に対しその収去を求める部分は失当として棄却すべきも、その余の部分はすべて理由ありとしてこれを認容すべきである。

原判決は当審の判断と若干理由を異にするが、控訴人塚原に関する限り当審と結論を同じくするものであるから、同控訴人の本件控訴はこれを棄却し、控訴人星屋に関しては同控訴人に本件建物の収去を令じた限度において原判決は失当であるから、右の限度において原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九六条、第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏 小酒礼 定塚英一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例